水中遺跡と文化財保護法
(1)遺跡保護の制度
「文化財保護法」にいう埋蔵文化財とは、「土地」に埋蔵された文化財のことをいい(法第57条第1項)、文化財の種類ではなく、文化財の存在する状態を意味する。「土地に埋蔵されている」という状態には、土に埋まっているもののみならず、水中に没しているものも含まれる。一般に埋蔵文化財というと、陸上において埋蔵された遺跡や遺物を想起しがちであるが、水中にある遺跡にも文化財保護法が適用されるのである。
文化財保護法では、文化財が埋蔵されている土地を発掘調査しようとする場合、事前に文化庁長官に届け出ることが義務づけられている(法第57条第1項)。これは濫掘などによる遺跡の破壊を防止するための制度であり、水中の遺跡についても、ダイバーなどが勝手に遺物を引き揚げたり、遺跡の現状を改変することができないことになっている。また、埋蔵文化財を包蔵する土地として周知されている土地において土木工事などを実施する場合にも、事前の届出や通知が必要とされており(法第57条の2、第57条の3)、遺跡の新発見にともなう規制(法第57条の5、第57条の6)もある。これらは当然のことながら水中の遺跡にも通用される。
(2)出土品の取扱いに関する制度
一方、出土品の取扱いに関しては、民法第241条「埋蔵物の発見に関する規定」及びその特別法である遺失物法第13条の「埋蔵物に関する規定」に準拠しつつ、文化財保護法により文化財の特性に沿った制度が設けられている(文化財保護法第60条から第65条)。
すなわち、出土品についても、まず民法上の「埋蔵物」とされ、遺失物法の規定による手続きがとられた上で、それが文化財と認められる場合に文化財保護法の制度の対象となるのである。
「埋蔵物」とは、土地その他のものに包蔵され、発見の時点ではその所有権の帰属を容易に識別することができない状態にあるものをいうとされいている。したがって、水底に沈んでいたものも、所有権の所在を容易に知ることができないものであれば、地中からの出土品と同じように、遺失物法により発見地の警察署長へ差し出す必要があり、これが文化財と認められる場合には、文化財保護法第60条以下の規定による、文化庁長官への提出、文化財であるかどうかの鑑査、所有権の国庫帰属、発見者や発見場所の土地所有者等への譲与等の、一連の制度が適用される。
(3)水難救護法との関わり
水中の沈船やその積み荷の引き揚げに関しては、埋蔵場所の特殊性から遺失物法によらず民法の特別法として設けられた「水難救護法」による手続によらなければならない場合もある。水難救護法第24条は、沈没品もしくは漂着物の所有権の帰属に関する制度を定めているが、引き揚げられた物が、かつて何人かの占有に属していたものであって、その者の権利の保護を要すると認められることが適用の条件となる。考古学的な遺物がこれに該当することは稀であろうが、同法が適用された場合、物件の拾得者は遅滞なくこれを市町村長に引渡すこととされており、市町村長は本来の所有者へ返還するための手続きをとることとなるが、最終的に所有者へ返還することができない場合は、物件を拾得者に引き渡すことができるとされている。つまり、この場合は、物件が文化財であっても文化財保護制度との連絡規定がなく、物件の処分は市町村長の権限に委ねられ、文化財としての所有権確定のルートから外れるのである。
(4)今後の水中遺跡の保護にむけて
水中遺跡の現状が安易に改変されたり、遺物が勝手に引き揚げられることを未然に防ぐためには、陸上における遺跡保護の方法と同様に、水中遺跡の所在状況を把握し、それをもとに積極的に埋蔵文化財包蔵地として周知化することが必要である。これにより水中遺跡を調査する場合の事前の届出、あるいは土木工事などを実施する場合の事前の届出・通知を義務付けることが、保護の第一歩となるのである。そのためには、本研究で検討したように、文献記録や伝承地における埋蔵文化財の所在確認、埋蔵文化財包蔵地の位置の記録と範囲の特定作業、不時発見時の早急な対応が必要であり、そのための調査方法の技術的検討とともに、埋蔵文化財として保護の対象とすべき水中遺跡の時代や種類・内容の考え方に関する論議も必要となろう。